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2026年8月16日

聖霊降臨後第12主日賛美礼拝

讃美歌                 7番(讃美歌)
み名による祝福
ざんげ 
赦しのみ言葉
主日の祈り
聖書日課 
 第一日課 イザヤ  56: 6~ 8(旧約P.1154)
 第二日課 ローマ  11:29~32(新約P.291)
 福  音 マタイ  15:21~28(新約P.30)
讃美歌                85番(讃美歌)
説教   「相応しくないけれど」
讃美歌               271番(讃美歌)
信仰告白(使徒信条)
献 金 
教会の祈り
主の祈り
祝福
讃美歌              543番(讃美歌)


 

マタイ福音書15章21節~28節

「相応しくないけれど」

 イエスさまは異邦人の地、ティルスとシドンの地方に行かれました。すると、この地に生まれたカナンの女性が出て来て叫びました。彼女は異邦人でした。彼女は、叫びながらイエスさまにお願しました。
「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています。」(マタイ15:22)
 当時、「ダビデの子」とは、救い主を意味したそうです。すると、彼女は、イエスさまが救い主だと信じていたのかもしれません。憐れんでいただければ、娘は癒されると思ったのです。しかし、イエスさまは無言でした。
 そこで、弟子たちが近寄って来て願いました。
「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」(マタイ15:23)
 それに対して、イエスさまは、彼らにお答えになりました。
「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない。」(マタイ15:24)
 “イスラエルの家の失われた羊”とは、イスラエル民族の中の神さまから離れた人々を指します。イエスさまは、異邦人である女性を憐れみの対象外だと言われたことになります。
 ちなみに、イエスさまは意地悪されたのではありません。神さまは、イスラエル民族と祝福の契約を結ばれました。しかし、異邦人とは結ばれませんでした。それなので、彼女は、憐れんでいただくのに相応しくなかったのです。
 ところが、それでも異邦人の女性は諦めませんでした。彼女はイエスさまの前にひれ伏して言いました。
「主よ、どうかお助けください。」(マタイ15:26)
 それに対して、イエスさまは言われました。
「子供たちのパンを取って子犬にやってはいけない」(マタイ15:27)。
 "子どもたち"はイスラエル民族、"子犬"は異邦人を指します。イエスさまは、イスラエル民族と同じ憐れみを異邦人の女性に与えるのはよくないと言われたことになるからです。
 しかし、それでも、彼女はへこたれないで言いました。
「主よ、ごもっともです。しかし、子犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」(マタイ15:28)
 彼女は自分が犬であり、憐れみに相応しくないことを認めました。その上で、イエスさまへの信頼を失わず、願い続けました。
 そこで、イエスさまはお答えになりました。
「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」(マタイ15:28)
 そのとき、娘の病気は癒されました。イエスさまは信仰を見ておられました。彼女の言葉とふるまいを信仰と認められました。そして、相応しくない異邦人であったにもかかわらず憐れんでくださったのです。

 ところで、私たちも、神さまに祈ります。神さまは、祈りをすぐに叶えてくださることがあります。しかし、叶えていただけないこともあります。すると、私たちは祈ることを諦めたくなります。そして、神さまに対し、不平を言いたくなります。そのようなとき、異邦人の女性の信仰に倣いたいものです。 
 マルティン・ルターは、説教の中で、次のように言いました。
「この福音書の物語は、完全な、ゆらぐことのない信仰のよい例を、私たちに提供してくれる。この女は、三つの厳しい戦いに耐えて、それに勝ち抜き、そして、信仰の正しいあり方と美徳とは何かということ、すなわち、それはみ言葉によって啓示され、経験される神の恵みといつくしみに対する心からの信頼であるということを、みごとに私たちに教えている。」

 そもそも、私たちは祈りを叶えていただくのに相応しい存在ではありません。私たちは、神さまに対して、罪を犯してしまいます。それなので、祈りを叶えていただけなくても仕方がありません。
 しかし、神さまは、私たちの思いを越えて、憐み深い方です。それなので、神さまは、相応しくなくても、私たちの信仰を見てくださいます。たとえどんなに薄い信仰でも、信仰と見做してくださいます。そして、信じる私たちを憐れんでくださり、御心に適う祈りを叶えてくださるのです。
 ちなみに、御心に適う祈りであっても、叶えていただけないように思えることがあります。しかし、神さまは私たちの祈りを聞き逃しておられるわけではありません。私たちの思いを越えて一番良い形で叶えてくださるに違いないのです。アーメン。

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