『千紗の恩返し』 byCGC
「本日のコミックパーティーはこれにて終了です!!」
「ふぅ…」
館内の放送を聞きながら一人の青年が安堵のため息をつきました。
「今回も無事に終わったな」
この青年の名前は千堂和樹、そしてこの物語の主人公でもあります。
そしてこの和樹という青年は数ヶ月前に親友兼帝王の九品仏大志という青年の誘いで同人界デビューをはたした新人同人作家です。
和樹が同人界にデビューしてからは、それはもういろんなことがありました。
高校からの腐れ縁の友達には活動を妨害されるし、コスプレ少女にカップリングのネタにされたり、関西の少女にはつねにツッコミを受けるし。
と、まあそんなことはひとまずおいておいて、この日も無事に即売会を終了した和樹は我が家への帰路を急いでいました。
そんな帰り道のことです、和樹は道端で一匹の猫を見つけました。
その猫は子猫でリボンをしていて、とても可愛らしい猫でした。
けれどその子猫はなにやらとっても困っている様子で、にゃーにゃーと泣いていました。
「にゃ〜〜〜、千紗いったいどうしたらいいんですにゃ〜…………千紗、千紗ぁ………」
「猫さん、猫さん、いったいどうしたんだい…………って、なんで俺は猫と話せるんだ!!」
(和樹さん、それは気にしないでください。気にしたら負けです)
和樹のツッコミに対してどこからか声がしてきました。その声は現在人気絶頂のアイドル声優の声みたいでした。
「…………そうなのか?」
(そうです!!)
「……そうか…………」
とりあえず納得した和樹は再び子猫に話しかけました。
「それで猫さん、いったい何をそんなに困っているんだい?」
「実は千紗、お父さんにお使いを頼まれたんですけど途中で道に迷っちゃったんですにゃ〜〜〜」
そういうとまたその子猫は、にゃーにゃーと泣き始めました。
「それは大変だね。俺でよければそこまで案内してあげるよ」
「えっ!!本当ですにゃ、お兄さん?」
「ああ、ここなら俺もわかるしさ」
和樹は猫の持っていた地図を見て答えました。
「にゃ〜〜〜〜〜、千紗嬉しいですにゃ!!」
そうしてその子猫は、和樹の案内のもと無事に目的地へとたどり着くことができました。
「にゃ〜〜〜〜、お兄さん、どうもありがとうございましたですにゃ。千紗、このご恩は一生忘れませんですにゃ!!」
そう何度も何度もお礼を言いながらその子猫は去って行きました。
「さて、俺も帰るか………」
こうして和樹はちょっと良い気分で再び家へと向かいました。
そして和樹が歩いていると、また道に一匹の猫がいました。
今度は毛並みが緑色でちょっぴり生意気そうでなおかつお馬鹿そうな猫でした。
「ふみゅ〜〜〜ん、どうしよう〜、こまったにゃ〜〜〜!!」
「……………」
とりあえず和樹は無視して素通りすることにしました。
「……って、こら!!猫が困ってるのに無視するんじゃないにゃ!!」
「いやだって面倒くさいし………」
「ふみゅ〜〜〜ん、この猫の女王、キャットオブキャットの詠美ちゃん様が困ってるのに〜〜〜」
その猫はなにやらいじけているようでした。かがみこんで地面に『の』の字を書いていたりします。
「しょうがねえな〜、それでどうしたってんだ?」
和樹はしぶしぶといった感じで、その猫に尋ねました。
いじけていた猫はその一言で機嫌を直したのか和樹にすりよってきました。
「実は宿題でどうしてもわからない問題があるにゃ〜。それを教えて欲しいんだにゃ〜♪」
「………なんで猫に宿題があるんだよ」
和樹はぶつぶつ文句をいいながらも、その猫の持っていた問題集を見ました。
「おい………」
「何かにゃ?」
「なんで全ページ白紙なんだ?」
「だって全部わかんなかったんだにゃ♪」
「俺、帰る………」
「わっーーーー、ちょっと待ってにゃ〜!!この詠美ちゃん様を見捨てる気〜〜〜!!!!」
それで結局和樹は、その猫の押しに負けて問題集を全部やってあげました。
「ふぅ……これでいいんだろ?」
「うんうん、まあ、あんたにしたら上出来にゃ♪どうもありがとにゃ〜〜〜!!」
こうして、その緑色の猫はスキップを踏みながらどこかへ行ってしまいました。
そんな猫を見送ってから、和樹が再び歩き出そうとしたらなにやら『くいっ、くいっ』と袖を引っ張る感触がありました。
和樹が後ろを振り返るとそこには一匹のおとなしそうな猫がいました。
その猫はなにやら和樹を、じっ…と見ています。
「あの………何か俺に用かな?」
「………実は………」
そこまで言うと、その猫は再び黙り込んでしまいました。
「どうしたの?俺でよければ力になるよ」
「………でも、それだと……あなたに迷惑が………」
「いいから言ってみなよ」
「………実は同人誌が売れなくて………このままだと家に帰れないんです……にゃ……」
和樹は、なぜ猫が同人誌を?と思いましたが、もうそんなことは気にしないことにしました。
「それじゃあ、その同人誌、俺がもらおうかな」
「……えっ………いいんですか………にゃ………」
「ああ、もちろんだよ」
「……ありがとうございます………全部で……6万円になります……にゃ………」
「えっ………?」
その値段を聞いて和樹は言葉を失いました。ちょっと和樹にとっては洒落にならない金額でした。
そんな和樹を猫はじっーーーーーーーーー、と見つめていました。
「………しょうがないな……ほら6万円……」
猫の視線に負けたのか、和樹は猫に同人誌の代金を払いました。
「……ありがとうございます。……領収書はいりますか………にゃ……?」
「いや、いい………」
そういうと和樹はその場をとぼとぼと去って行きました。その後ろで猫が和樹の姿が見えなくなるまで手を振っていました。
「さすがにもう大丈夫だよな……?」
もしかしてまた別な猫がいるんじゃないか、と和樹は不安になりましたがその後はすんなり家へたどりつくことが出来ました。
どさどさっ………
和樹は先ほどの猫から買った同人誌(300冊)を置くと、部屋に大の字になって寝転びました。
「ふぅ〜〜〜、さすがに今日は疲れたな〜〜〜」
そう言いながら瞳を閉じると、いつしか和樹は眠りにつきました。
数時間後、和樹が目覚めるとあたりはすでに真っ暗でした。和樹は目覚まし時計を手にとると時間を確認しまいした。
「くわっ、もうこんな時間か………しょうがない、このままもう寝るか………」
そして再び目を閉じようとすると、トントンとドアを叩く音がしました。
「誰だよ…こんな夜中に………」
和樹はしぶしぶ立ちあがりドアを開けました。するとそこには見なれぬ女の子が立っていました。
「あの、どちら様でしょうか?」
するとその女の子は元気一杯に答えました。
「あの、千紗は今日からお兄さんのお手伝いをしようと思いますですぅ☆」
「はぁ?」
和樹が事体を把握できず呆然としていると、今度はまた別な女の子が和樹の部屋にやってきました。
「ふふん、この詠美ちゃん様がヘボピーなあんたを一流の売れっ子作家にしてあげるわ!!」
ますます言ってることがわからず和樹は目が点になってしまいました。
するとさらに別の女の子が和樹の部屋を尋ねてきました。
「………あの………私、頑張ります……………」
「…………」
もう和樹はなにがなんだかわかりません。
そりゃ突然3人の女の子が部屋に押しかけてきて、何やらお手伝いをする、といってくれば当然です。
でも肝心の女の子たちは、混乱で固まっている和樹をよそに何やらもめているようでした。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと〜、あんたたちは誰よ!!この詠美ちゃん様の邪魔をしようっていうの〜!!」
「にゃあ、違いますですぅ。千紗はただお兄さんのお手伝いをしたいだけなんですぅ!!」
「…………和樹さんは、私が……幸せにします………」
「とにかく、あのカズPの面倒は私一人で十分なんだから、あんたたちは帰りなさいよ!!」
「でもでも、千紗はご恩返ししないと帰れないですぅ………」
「………私…帰りません………」
「むっか〜〜〜、あんたたち、あくまで私の邪魔をするつもりね!!それなら、誰が一番カズPの役にたつか勝負しようじゃないのよ!!」
「にゃあ〜、べ、別に千紗は勝負するつもりはないんですけどぉ………」
「………私、負けません………」
「よ〜し、それじゃあ交渉成立ね♪この詠美ちゃん様の力、存分に見せてあげるんだから!!」
「だから千紗は別に………」
そんなわけで彼女達3人は『誰が一番和樹の役にたてるか』で勝負することになったみたいです。
もちろん、和樹の部屋への居候の件は、和樹が目を覚ました後で許可をいただきました。
こうして彼女たちの闘いが始まったのです。
そして最初の闘いはその日の翌日のことでした。
「さて、そろそろ原稿を描くとするか」
「原稿ってなんですか?」
「もちろん次のこみパの原稿だよ。次の新刊は数ヶ月前より描いてる超大作スペクタクルファンタジーアクション伝記なんだ」
「ちょっと〜、日本語言いなさいよね!!」
「………それじゃあ、私……原稿のお手伝いをします…………」
「えっ?彩ちゃん、出来るの?」
「……はい………」
「それじゃあ、千紗もお手伝いしますですぅ!!」
「しょうがないから、この詠美ちゃん様の腕前を見せてあげるわ!!」
どうやら3人は主にアシスタントとしてお手伝いするようでした。
「それじゃあ、彩ちゃん、ここをベタしてくれるかな?」
「………はい………」
ぬりぬり………
「へ〜〜〜、とってもうまいよ。ありがとう、彩ちゃん」
彩ちゃん、無事に成功のようです。
「和樹、私だってそれくらいできるんだからね!!」
「それじゃあ、詠美はここの背景を描いてくれるかな?」
「ふふ〜ん、こんなものちょお楽勝よ!!」
サラサラサラ〜〜〜
「げっ、俺よりうまい………」
「どう、この詠美ちゃん様の実力は♪」
詠美ちゃん様は技術力では、どうやら和樹より上のようでした。
成功は成功ですが、ちょっぴり和樹を動揺させたみたいです。
「にゃあ!!千紗もお兄さんのお手伝いをしますですぅ!!」
二人が和樹のお手伝いをしているのを見て、千紗ちゃんも負けられないとばかりに名乗りをあげました。
「それじゃあ、千紗ちゃんはこのページの消しゴムかけをお願いしようかな?」
「はいです☆千紗、一生懸命頑張りますですぅ!!」
ビリビリビリビリビリッ〜〜〜〜!!
千紗ちゃんは消しゴムかけを始めると同時に原稿を真っ二つに破いてしまいました。
「にゃああああああああ!!千紗、原稿をやぶっちゃったですぅ!!!!」
「ばかね〜、そんなに力一杯消しゴムかけたら破れるに決まっているでしょう」
「………未熟………」
「にゃ〜〜〜、千紗、千紗ぁ……お兄さん、本当にごめんなさいですぅ………」
「い、いやいいんだよ。また描きなおせばいいんだから、そんなに気にしないでよ……」
和樹は表面上は平静を保ってましたが、内心は少し動揺しているみたいでした。
そしてその後も三人のお手伝いは続きました。
「彩ちゃん、このペーパーをコピーしてきてくれないかな」
「………わかりました………」
ガーガーガーガー
「へぇ、手馴れた手つきだね」
「………私、コピーはなれてますから………」
ちょっぴり意味深。
「さて、次のこみパの申込書でも書くかな」
「あっ、和樹。それならもう私が出しといてあげたわよ。もちろんジャンル設定もしておいてあげたわよ♪」
「何、そんな勝手に決めるなよ!!」
「なによぉ〜、この詠美ちゃん様の決めたジャンルに文句があるわけ〜!!あんたは黙って私の言うとおりに漫画描けばいいのよ!!」
「とにかく『やおい本(大志×立川(兄)』なんて俺には描けん!!」
「ふみゅ〜〜〜ん、和樹がいじめる〜」
玲子ちゃんなら喜びそうです。
「お兄さん、お茶飲みませんですか?」
「それじゃあ、もらおうかな」
「ハイです☆今、入れますですぅ!!はい、どうぞですぅ!!」
コケッ!!バッシャーーーーン!!
「うわっちーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
「にゃ〜〜〜、お兄さん大丈夫ですか〜〜〜!!!!あっーーーーーー、原稿にもお茶が〜〜〜〜!!!!」
それからは、このようなドタバタな毎日ですが三人の努力のおかげもあってか、和樹のサークルも少しずつ人気も出てきて順風満帆でした。
でもそんな中で一人の少女だけは最近少し落ち込み気味でした。
「にゃ〜、千紗、まだ何もお兄さんの役に立ってないですぅ……どうしましょうですぅ…」
その少女とは、いつも失敗ばかりしている千紗ちゃんでした。
居候開始以来、千紗ちゃんのお手伝いの結果使用不能になった原稿の数はもうすぐ3桁に突入する勢いです。
「でも、千紗はもっともっと頑張って今度こそはお兄さんの役に立ちますですぅ!!」
どうやらまだまだやる気満々みたいです。
「ふぅ〜、ちょっと腹が減ったなぁ〜」
その日の夜、何気に和樹がつぶやきました。
「にゃ!!今、千紗が夜食を作りますですぅ!!」
「あっ、じゃりん子、抜け駆けは許さないわよ!!」
「………私も……作ります………」
また三人が意地をはって勝負することになりました。
そしてどうやら料理が完成したみたいです。
「………あの……お口にあうかわかりませんが、どうぞ食べてください……」
「うわぁ」
彩ちゃんが和樹の前に出した料理はそれは見事な懐石料理でした。
それはもうプロの料理人もビックリという出来映えです。
「………どうぞ………」
「そ、それじゃあ、いただきます……」
和樹は突然の高級料亭に出てきそうな料理が出てきて驚いているようでした。
「ちょっと待った〜〜〜!!!!」
和樹が彩ちゃんの料理を食べようとした瞬間、部屋に詠美ちゃん様の声が響きました。
「和樹、そんな庶民の料理を食べないで、この詠美ちゃん様の用意した料理を食べなさいよね!!」
「って詠美、料理なんてどこにあるんだ」
和樹が詠美ちゃん様の方をみると、彼女は何も料理も持っていませんでした。
「ふふん、これだからトーシローはダメね〜。この詠美ちゃん様の実力を見るといいわ!!」
パチン♪
詠美ちゃん様が指をならすと部屋の奥からコックさんが出てきました。
「どうよ、詠美ちゃん様が呼んだ出張シェフよ!!これでこの場でちょお高級フランス料理フルコースが堪能できるんだから♪」
「ふはははははははははははは、この吾輩が最高の料理をお前に作ってやろうではないかぁぁぁぁぁ!!!!」
そのコックさんは、あからさまに怪しい人でした。
「詠美………」
「何?」
「その人に帰ってもらえ……」
「えっー、なんでよ〜。せっかくこの詠美ちゃん様が呼んだのに〜」
「何でもだ!!」
「ふみゅ〜〜〜ん」
そしてその妖しいシェフは、悲しそうにトボトボと和樹の部屋を出て行きました。
「あの…お兄さん……」
その様子を台所のすみで見ていた千紗ちゃんが、少し遠慮がちに声をかけました。
「どうしたの、千紗ちゃん?」
「あの…千紗もお夜食作ったですよ。でもお姉さんたちの高級お料理に比べると少し恥ずかしいですけど…」
「いや…詠美は論外だった気もするけど……それで千紗ちゃんは何を作ったの?」
「あの、焼きおむすびですぅ」
「うわっ!!」
和樹は千紗ちゃんの差し出した焼きおむすびを見てビックリしました。
なぜなら、その焼きおむすびの大きさはサッカーボールくらい大きかったからです。
しかも千紗ちゃんはそれを3つ持っていました。
「あの、良かったら食べてくださいですぅ。千紗、一生懸命作りましたですぅ!!」
「そ、それじゃあ一つもらおうかな」
「ハイです☆でもでも、一つといわずに全部食べてくださいですぅ☆」
「なるべく頑張るよ…」
「ちなみにお味は、あっさり醤油味ですぅ!!」
「じゃあ、いただきます」
パクッ………グハァ!!
「にゃあ!!お兄さん、大丈夫ですかぁ!!」
「千紗ちゃん、これは醤油味じゃない…………ガクッ」
「お兄さ〜〜〜ん!!!!」
千紗ちゃんの焼きおむすびを食べた和樹は倒れてしましいました。
「ねぇ、じゃりん子、あんた何を焼きおむすびにぬったのよ」
「確か醤油のはずです……これです」
「………千紗ちゃん、これ醤油じゃなくてコーラです………」
「にゃあ〜、色が黒いから間違えちゃったですぅ!!」
千紗ちゃんは、またまた失敗しちゃったみたいです。
そして次の日、千紗ちゃんは一人街を歩いていました。
「にゃあ〜、千紗はやっぱりダメなんですか。詠美お姉さんや彩お姉さんは、ちゃんとお兄さんのお役に立っているのに………」
千紗ちゃんはやっぱり昨日の失敗がこたえているみたいでした。
「千紗もお兄さんのお役にたちたいですぅ………でも千紗は何をしても失敗ばかりです…どうしたらいいんですかぁ………」
そんなことを延々と考えながら歩いていると、ふと千紗ちゃんの目に一冊の本が目にとまりました。
「にゃ……鶴の恩返し………」
千紗ちゃんは、その本を手にとると黙々と読み始めました。
「これですぅ!!」
本を読み終えた千紗ちゃんは叫びました。そして一目散に和樹の部屋へと帰っていきました。
「お兄さん、千紗はこれからお風呂場を借りますけど、その間決して覗かないでくださいですぅ!!」
「はぁ?」
突然の千紗ちゃんの頼みに和樹は間の抜けた声で返事をしました。
「お風呂場を借りるって、何をするんだい、千紗ちゃん?」
「ごめんなさいです、それは言えないんでですぅ。でもお願いしますですぅ!!」
千紗ちゃんは一生懸命お願いしました。ちなみになぜお風呂場かと言うと、和樹の部屋は普段生活している寝室兼作業場兼居間の一部屋を覗けば個室はお風呂場しかないからです。
「なんだかわからないけどいいよ。自由に使って」
「にゃあ♪お兄さん、ありがとうございますですぅ☆」
和樹の了承を得て千紗ちゃんはすぐさまお風呂場へと姿を消しました。
そして中で妙な音がし始めて数時間語、千紗ちゃんは両手に妙な物体を沢山持って出てきました。
「お兄さん、次の即売会でこれを売ってくださいですぅ☆」
そう言って千紗ちゃんが和樹に渡した物は、直径約5センチほどのスーパーボールのような物でした。
「これは何かな?」
和樹が当然の質問をすると、その答えのかわりに千紗ちゃんはその物体を和樹に握らせました。
「うわっ、こ、これは!!」
和樹は言葉を失いました。その物体を握った和樹になんとも言えぬ感触が全身を駆け抜けたからです。
不思議な弾力があり、それでいてしっかりしていて、ついついその感触をいつまでも楽しんでしまう、その物体はそのようなものでした。
「お兄さん、気にいってもらえましたですか?」
「あ、ああ……この物体が何だかよく分からないけど気にいったよ」
「にゃあ♪お兄さんに気にいってもらえて、千紗とっても嬉しいですぅ☆」
こうして、和樹はその物体を即売会に持っていきました。
すると即売会でも、みんなその物体の不思議な感触に魅了されて、あっという間に完売してしまいました。
その後も千紗ちゃんは即売会があるたびに、お風呂場にこもって出てくるときは大量の謎の物体を持ってきました。
そして和樹のサークルも、謎の物体の人気によって一気にこみパでナンバー1の人気サークルへと成長しました。
すべては順風満帆でした。けれどある日、いつものように謎の物体を千紗ちゃんから受け取った和樹は何かを思いついたように叫びました。
「そうか!!」
「にゃあ、お兄さん、どうかしましたですか?」
千紗ちゃんは少しビックリして尋ねました。
「この物体の感触が何かに似てるとずっと気になってたんだけど、この感触って『猫の肉球』にそっくりだよなって思ってね」
その和樹の一言を聞くと千紗ちゃんの顔は青ざめていきました。
「にゃあ、とうとうばれちゃったんですね………お兄さん、これでさよならですぅ……」
「えっ、突然どうしたんだよ?」
「お兄さんに千紗が猫だってばれてしまったら、もう千紗はお兄さんと一緒にいられませんですぅ」
千紗ちゃんが悲しそうに語ると、和樹は意外そうな声で千紗ちゃんに質問しました。
「千紗ちゃんって猫だったの?」
「にゃあ、そうですけど………お兄さん、気がついたんじゃないんですか?」
「ううん、全然」
「でもでも、さっき猫の肉球って………」
「それはあの物体の感触が肉球みたいといっただけで、誰も千紗ちゃんが猫だなんて言ってないけど………」
「……………」
「……………」
「にゃあ〜〜〜〜〜!!!!それじゃあ、千紗の早とちりですか〜〜〜〜!!!!」
自ら正体をばらしてしまって自爆した千紗ちゃんが叫びました。
「でもでも正体がばれてしまったことには変わりないですぅ………お兄さん、今までお世話になりました、さよならですぅ…」
「千紗ちゃん!!」
すごすごと立ち去ろうと千紗ちゃんに、和樹は呼びとめました。
「千紗ちゃん………どうしても行っちゃうのかい?」
「はいです…だってこの本に正体がばれたら出て行かないといけない、って書いてありますから…」
そういって千紗ちゃんが差し出したのは、以前本屋で読んだ『鶴の恩返し』の絵本でした。
その本を見た和樹はしばらく何かを考えて、そして千紗ちゃんに話しかけました。
「千紗ちゃん、それは絵本の話だから、別に千紗ちゃんの正体がばれたからって出て行かなきゃ行けない、ってことはないと思うんだけど…」
「……………」
「……………」
少しの間の沈黙。そしてその沈黙をやぶるように千紗ちゃんが叫びました。
「にゃあ〜、そうだったんですか!!」
「俺はそう思うけど………」
「じゃあじゃあ、千紗はこれからもずっとお兄さんのそばにいてもいいんですか?」
「俺は別にかわまないけど」
「にゃあ〜〜〜、お兄さん、ありがとうございますですぅ。ち、千紗はこれからもお兄さんと一緒にいたいですぅ………うわ〜ん!!」
千紗ちゃんは喜びのあまりに泣き出してしまいました。
そんな千紗ちゃんを和樹はやさしく抱きしめてあげました。するとそこに急に騒がしい声が聞こえてきました。
「ちょっとちょっとちょっと〜、じゃりん子の正体がばれたって本当〜!!」
それは終盤になって出番がなかった詠美ちゃん様と彩ちゃんでした。
二人とも走ってきたのか、はーはーと肩で息をしています。
「で、どうなの?正体がばれちゃったの?」
「はいです……千紗がうっかり自分から正体をばらしちゃったんですぅ……」
「ふみゅ〜〜〜ん、それじゃあ私達ももうおしまいね………」
「でもでも、お兄さんは正体がばれても、いままで通りここにいていいって言ってくれましたですぅ☆」
「えっ?」
「………本当ですか………」
その千紗ちゃんの言葉に、詠美ちゃん様も彩ちゃんも意外そうな顔をしました。
「まあ、俺のほうは別にかまわないけど……」
「な〜んだ、それならそうと早く言ってよね!!人間に化けてるのって結構大変なんだからにゃ」
そういうと、詠美ちゃん様は猫モードに戻りました。
「……和樹さん、私一生ついていきます………にゃ………」
彩ちゃんも猫モードに戻りました。
「お兄さん、これからもよろしくお願いしますですぅ☆」
こうして和樹と三匹の猫は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし♪