セイバーがいて凛がいてアーチャーがいる、そんな聖杯戦争真っ最中のとある日の出来事である。
「あ〜、温泉でも行きたいな〜」
昼食後のお茶の席で、士郎がポツリと呟いた。
「突然何を言ってるのよ。この聖杯戦争の真っ最中に!!」
士郎の温泉発言に真っ先に反応したのは凛だった。
「まったくあのバーサーカーだけじゃなく、サーヴァント誰1人も倒していない状況でよくそんなこと言えるわね!!」
凛はイライラした様子で話を続けた。
命をかけた聖杯戦争、強大な力を持ったバーサーカー、そして己のサーヴァントであるアーチャーの傷、そのどれもが凛の心を乱していた。
「い、いや、こんな状況だからこそしっかり英気を養うってことでだな……それに温泉でアーチャーの傷も治るかもしれないし…」
士郎は凛の迫力に押されつつ、自分の不用意な発言に対しての言い訳をする。
「サーヴァントの傷が温泉なんかで治るわけないでしょう!!」
凛はますます怒ったように言い放つ。
「遠坂、そんなに怒るなって。冗談だよ、じょうだ………」
士郎が凛をなだめて、今の話題を終わらそうとした瞬間の出来事だった。
「いや!!衛宮士郎、お前は間違っていないぞ!!」
部屋に男の大声が響き渡る。
そして士郎たちが、その声の方向に振り向くと言峰綺礼が何時の間にか立っていた。
「ちょっと綺礼、それはいったいどういう………」
凛がそういいかけたとき、再び部屋に今度は別の声が響き渡った。
「そんなシロウには、アインツベルン秘湯めぐり2泊3日の旅をプレゼント〜☆」
次に現れたのはイリヤである。
さすがの凛も、今度はボーゼンとしてしまう。
それもそのはず、最強の敵であったバーサーカーのマスターであるはずのイリヤが突然あらわれたのである。
しかも意味不明なことを口走って。
「さあ、衛宮士郎よ、旅支度は良いかな。では出発!!」
言峰は士郎の腕をつかんで、軽快に部屋から連れ出そうとした。
「ちょ、ちょっと待てよ!!突然何なんだよ!!」
さすがに士郎が抵抗する。
この神父の行動はいつも良くわからないが、今回に限ってはまったく訳がわからない。
そんな士郎を不思議そうな顔で見ながら、言峰は当たり前のように返事をした。
「何って、お前は今、温泉に行きたいと言っただろう。だから我々が連れて行ってやろうというのだ」
「確かに言ったけど、それは別に本気じゃなくて日常の何気ない会話というか………」
ますます訳がわからなくなっている士郎に対して、言峰は真面目な顔になって士郎を見つめた。
「よく聞け、衛宮士郎」
「あ、ああ…」
急にシリアスモードになった言峰に、士郎も言峰を真面目な顔で見つめ返した。
「実はお前の一言で令呪が発動したのだ。しかも周囲の人々すべてを巻き込むくらい強力な!!」
「ほえっ?」
あまりに予想の範囲をこえた応えに、士郎は唖然とするのみだった。
そんな士郎を無視して言峰は話を続ける。
「そんなわけで我々すべてのマスターとサーヴァントは、急遽アインツベルン秘湯めぐりを決行することになった。そしてそこで聖杯戦争の決着をつけることになったのだ!!」
「あの〜、温泉に行きたいとは言ったけど、聖杯戦争の決着をつけるとは一言も言っていないのですが…」
士郎が言峰にツッコミをいれた。
「フンッ!!」
刹那、ズビシッと士郎の首にいい角度に手とうが入る。
そしてそのまま士郎は意識を失った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「う、ううん………」
暗闇の中から意識が覚醒する。
「こ、ここは………」
まだ完全に目覚めぬ頭であたりを見回す。
そこはもちろん温泉だった。
「なんだ、こりゃー!!」
そんな士郎の叫び声を聞き取ったらしく、言峰が何処からともなく現れた。
「目がさめたようだな。さあ、みんなが待ちわびているぞ」
「みんなって一体?セイバーたちはどこだ!!」
「まだ寝ぼけているのか、衛宮士郎。もちろん先ほども言ったように、全マスターと全サーヴァントに決まっているだろう。もちろんセイバーたちもそこにいる」
「なっ!!」
言峰の言ったとおり、セイバーや凛、アーチャーはいた。
そして残るマスター、サーヴァントたちも勢揃いしていた。
いや勢揃いというのは若干の間違いである。
この場にはアサシンのサーヴァントがいない。
「あいつは留守番だ」
言峰が教えてくれた。
やはり柳洞寺を離れることはできなかったらしい。
「さて…」
言峰は士郎、そしてみんなを前に話し始めた。
「今回の聖杯戦争、ここにいる衛宮士郎の提案によりこの温泉にて決着をつけることになった」
もはや士郎に反論する気力も体力もなかった。
いつの間にか、セイバーや凛もこの状況に順応しているようである。
士郎としても、この温泉で死傷者がでることなく聖杯戦争の決着がつくなら良し、と思う気持ちが少なからずあった。
「それでその決着方法だが、浴衣で卓球?枕投げ?温泉カルトクイズ?温泉饅頭大食い大会?いや、すべて違う。温泉で決着といえばこれしかない!!」
皆が息を飲む音が聞こえた。
そして言峰はこう宣言した。
「もちろん競技は熱湯風呂だ」
周囲になんともいえない沈黙が流れる。
皆、どう反応したらわからないようである。
そんな沈黙を破るように、士郎は言峰に質問をぶつけた。
「なぜに熱湯風呂………?」
「何を言うか!!古来より熱湯風呂は漢のロマン、そして美女のお着替えタイム、あわよくばポロリ!!」
「いや…もう何がなにやら……。いろんなTV番組が混じっているようのはわかけど……」
士郎はもう話しについていけない様子だった。
もちろんそんな士郎はおいて、言峰はどんどん話を進める。
「それでは、ドキッ!!サーヴァントだらけの温泉対決をいまここに開始する!!」
ウオオオッ!!
会場から気合のはいった雄たけびが響き渡った。
なんだかんだ言って、皆は気合十分である。
その後、実行役のイリヤの案内で、一同はとある温泉の前に連れて行かれた。
そこは白乳色で奇麗な温泉だった。
ただ普通の温泉と違うところといえば、グツグツと煮立っていることくらいである。
「えーっと、ここが勝負の湯よ。効能はずばり極昇天!!サーヴァントだろうと、あっさりとあの世行きという強力な湯なの☆」
イリヤはあっさりと恐ろしいことを告げる。
「ちょ、ちょっと待てよ。そんな危険な温泉で勝負するのか!!」
あわてて士郎が反対する。
さすがにセイバーをそんな危険な湯に入らせるわけにはいかない。
「大丈夫よ、別に本当に死ぬわけじゃないから♪」
「本当か、イリヤ」
「うん、本当よ。ただちょっと○○や××とかになっちゃうだけだから☆」
「伏字を使うなー!!余計に不安になる!!」
とりあえず言峰は先ほどからうるさい士郎を無視して話を進める。
「では早速はじめよう。まずは女性サーヴァントは水着に着替えるように」
そう言うと、言峰はセイバーたちに水着を渡した。
「しかし、見たところ脱衣所がないようだが…」
セイバーがあたりを見渡しながら尋ねた。
周囲にはそれらしき建物はない。
「脱衣所ならあるぞ、そこに」
言峰が指差した場所、そこにはタオルを筒状に囲んだだけの簡単な着替えスペースがあるだけだった。
「もちろん制限時間以内に着替えが終わらなければ、タオルは落ちるから急いだほうが良いぞ」
「な、なんですか、それは!!」
「ほら、もう始まっているんだぞ。それとも衛宮士郎の目の前で着替える気か?」
「くっ!!」
抗議をしようとしたセイバーだったが、下手に言峰と口論している間に制限時間がなくなるよりはすばやく着替えた方が得策と判断したのであろう、あわてて簡易脱衣所へと飛び込んだ。
セイバー・ライダー・キャスターの3人は急いで着替えている。
そしてそれを見守る、というより獲物を狙う目で見つめる男たちがいた。
「よし、ランサーよ、うっかりあのタオルを落としてしまうのだ」
言峰がランサーの肩をポンとたたく。
それは母親が子供に対して『ちょっとお使いに行って来て』という感じのニュアンスだった。
「なんだよ、それは!!んなことやるわけねーだろ!!だいたい何で俺なんだよ」
当然のごとくランサーは断った。
そして言峰もまた当然のごとく、ランサーに説明した。
「仕方ないだろう、男のサーヴァントはアサインはいない。アーチャーとバーサーカーは凛とイリヤがマスターなのだ、強力するはずがないのは明白。となれば残るはランサー、お前だけなのだ」
言峰はランサーの肩を左手でがっちりつかむと、右手で目標(脱衣所)を指差した。
「なに大丈夫だ。お前にはスキル『死にぞこない』があるからな」
「んなスキルはねぇ!!」
「とにかく行くのだ。断るなら令呪を発動するまでだがな」
「くそう、わかったよ。やればいいんだろう!!」
半ばヤケクソのように、ランサーは目標(脱衣所)に突っ込んでいく。
「そこだ、ゲイ・ボルク!!」
ランサーは脱衣所のタオルを止めている金具を目標に定める。
定めてしまえば、もはや金具を破壊する、その結果のみが残されるのだ。
ガキィ!!
ランサーの槍はセイバーを包んでいた脱衣所に命中した。
金具は壊れ、タオルをハラリを地面に落ちる。
「やったか!?」
ランサーはタオルが落ち、姿が現れたセイバーに目をやる。
「なっ!?」
しかしそこにいたのは着替え途中のセイバーではなく、鎧に身を包んだ完全武装したセイバーの姿であった。
「な、なぜだ!!なぜ鎧なんて着てやがるんだ!!」
「あなたの行動はお見通しです。こんなこともあろうかと鎧を着ていて正解でした」
そう言うとセイバーは手にもった剣をランサーにむけて構える。
「ランサー、人の着替えを覗こうなど騎士道に反する真似は許さん。くらえ、約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」
最強の一撃がランサーを襲う。
「い、いや、これは誤解………ぐあああああああああ!!」
セイバーの最大の攻撃の前に、ランサーは跡形もなく消え去ってしまった。
「ランサー、脱落っと」
その様子を見ていた言峰は、さも他人事のように冷静に脱落者リストにランサーの名を記した。
数分後、着替えを終えたセイバーたちが温泉の前に集まっていた。
「ルールは簡単だ。最後までこの温泉に入っていたものの優勝だ。全員の健闘を祈る」
言峰が最後のルール説明を終えた。
その横ではイリヤがスタート開始を知らせるピストルを構えている。
「では聖杯戦争最終戦ヨーイスタート!!」
パーン!!
開始の合図とともに全サーヴァントが温泉へと入っていく。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
そして入ると同時に大地が揺れんばかりの雄たけびが響いた。
「バ、バーサーカー!!」
開始数秒で最強のサーヴァントと呼ばれたバーサーカーが昇天したのである。
「やはり理性をなくしすぎて、猫などの獣同様で風呂が苦手だったようだな」
言峰が冷静に分析した。
とにかく早くも1人目の脱落者が出たのである。
のこるサーヴァントはあと4人。
皆、必死に熱湯の熱さに耐えている。
数分後、次に動きがあったのはアーチャーであった。
「てやんでぇ、こんな風呂入ってられるかってんだ!!」
そう言うとアーチャーは温泉から出た。
「早寝、早風呂、早糞が江戸っ子の心意気ってもんよ!!」
しかもなぜか間違った江戸っ子になっていた。
「アーチャー!!どうしたの!!」
凛が慌ててアーチャーに駆け寄る。
アーチャーは凛がやってくると、突然倒れこんでしまった。
「アーチャー、アーチャー、しっかりして!!」
倒れたアーチャーを凛が抱きかかえる。
アーチャーは弱弱しく目を開くと、凛にこうつげた。
「凛、いつもすまないねぇ…」
「それは言わない約束よ、お父っつあん。………って何を言わせるのよ!!」
凛がグーでアーチャーを殴りつける。
その様子を見ながら言峰は脱落者リストにアーチャーの名を記した。
「アーチャー、あまり熱さのため精神に異常をきたすっと」
こうして早くも男性サーヴァントは全滅、残るは女性サーヴァントによる対決となった。
「うむ、男性陣は全滅か、情けない。やはり女性の方が長風呂に対する耐性があるというのか」
言峰は関心したように残った3人を見つめていた。
確かにセイバーとライダーは純粋に熱さに耐えていた。
しかしキャスターは違っていた。
自分の周囲を冷気系魔術によって冷やしていたのだ。
これにより熱湯風呂も普通のお湯に早代わりというわけなのだ。
「ふふふ………真面目に勝負するなど愚の骨頂ですよ」
勝利を確信したキャスターは小さく笑った。
一方、温泉の周囲では士郎とイリヤがなにやら話しをしていた。
「なあ、イリヤ。ちょっと聞いていいか?」
「なぁに、シロウ」
「この温泉って一体何度くらいあるんだ?サーヴァントですらあの様子じゃ、よほど熱いんだろ」
「う〜ん、確か1000℃前後だったかなぁ」
「なっ、1000だって!!そんなのに入ってセイバーたちは大丈夫なのか、せめて氷とかでもう少し冷やしてやるとか…」
「だめだよ、シロウ。この温泉はある程度意思があって、氷とかで冷やそうとすると必死でその氷を溶かそうとして余計に熱くなっちゃうの」
「へ〜、そうなのか」
そんなシロウたちの会話を聞きながら、キャスターはふと嫌な予感がした。
「このお湯は冷やそうとすると余計熱くなる……つまり対象物を攻撃するといっていいわね……」
キャスターはハッとした。
そして慌てて冷気系魔術を解除しようとする。
しかし時すでに遅し、冷えたキャスター周辺のお湯を熱くしようと今まで以上の熱湯がキャスターの足元から噴出してきた。
「きゃああーーーー!!」
それはまるで噴水のように天高くまで噴出し、キャスターはその噴水によって遥か彼方までとばされてしまった。
「キャスター、不正行為により失格と………」
高峰は失格者リストにキャスターの名を記した。
これで残るはセイバーとライダーの2人である。
しかしその2人もすでに限界が近いらしく、顔まで、いや頭皮まで真っ赤な状態になっていた。
目はうつろで今にも倒れそうな状況である。
そんな中、セイバーが弱弱しく呟いた。
「シ、シロウ………私は……もう………」
セイバーが倒れそうになる。
勝負が決した。
誰もがそう直感したが、士郎は叫ぶ。
「頑張れ、セイバー!!勝利は目前なんだぞ!!あきらめる気か!!」
「し、しかし………」
士郎が励ましてもセイバーはもう限界であった。
「セイバー、勝ったら冷たいスイカをおごってやるぞ。もちろんアイスもカキ氷だってあるぞ!!」
その言葉にセイバーはピクッと反応した。
「ほ、本当ですか、シロウ?」
「もちろんだ、腹いっぱいになるまでおごってやる!!」
「はあああああああああああ!!」
セイバーに急激に強大な力が戻るのが感じられた。
そしてその力に反応してか、温泉もザワザワと波打ち始める。
「えっえっえっ?」
ライダーの方は突然何が起こったのかわからず、周囲をキョロキョロ見ながら慌ててる。
それでもセイバーの力の高まりはまだ限界をみせない。
「はあああああああああああ!!」
温泉はさらにセイバーの力に反応して、あたかも台風の日の海のように荒れていた。
やがてセイバーは剣を取りだし、大きく振りかぶり叫んだ。
「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」
瞬間、温泉で大爆発が起きた。
士郎たちからは、砂埃と熱気が周囲に立ち込め温泉の様子は見えない。
「い、一体、どうなったんだ…?」
やがて砂埃が消えてその中から一人の人影が現れた。
それはセイバーであった。
ライダーの姿はどこにもない。今の衝撃で吹き飛んでしまったのだろう。
「優勝はセイバー!!」
言峰が高らかに宣言した。
勝者を告げた叫びはアインツベルンの敷地内に大きき響き渡った。
「やった、やったぞ、セイバー!!」
「シロウ!!」
2人は喜び、そして涙した。
こうして長かった聖杯戦争は終わったのだ。
「と、いうことで優勝者である衛宮士郎に賞品の授与!!」
賞品、それはもちろん聖杯のことである。
その場にいる誰もがそう思っていた。
「ってあれ?」
士郎が手渡されたものは聖杯ではない、ひとつの箱であった。
「……アインツベルン温泉饅頭………?」
その箱にはそう書いてあった。
「これはどういうことです!!」
セイバーが言峰にくってかかる。
念願の聖杯を手に入れられると思ったら、まったく別のものだったのである。
セイバーでなくても納得できない。
「うむ、実はな、今回は温泉対決という変則的な対決を行ったために聖杯が現れなかったのだ。そういうことなので今回の聖杯戦争は、この温泉饅頭で我慢してくれ」
言峰は笑いながら答えた。
ある意味開き直った態度である。
一方のセイバーは怒りで身を震わせていた。
そして本日3発目のあの技が繰り出される。
「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」
爆音とともに今回の聖杯戦争は完全に幕を閉じたのあった。