「空からお餅が降ってきたら素敵だと思いませんか?」
「はっ?」
彼女のその一言の意味がわからなかった。
ちなみに彼女というのはとなりにいる天野美汐という少女のことだ。
彼女は今日正月ということで俺の家に年始のあいさつに来たのだ。そして、あいさつも一通り終わり俺と天野、そしてその横でおいしそうに肉まんを食べている少女、沢渡真琴の三人は気晴らしに外に散歩に出ていた。
その帰り道での彼女の一言がそれだった。
「ですから空からお餅が降ってきたら素敵だと思いませんか?」
俺がその一言に間抜け面ををしていたせいか彼女はもう一度同じことを聞いてきた。
「空からお餅ねぇ…」
そう言ってその風景を想像して見た。
とりあえずは正月ということで「お雑煮」を降らせてみた。
餅と雑煮のその他の具、汁が空からふってくる風景は…けっして素敵とは思えなかった。
むしろ嫌なものでしかなかった…全身びしょびしょになりそうだった…
「う〜ん…」
そこで俺は彼女のいう餅は雑煮じゃなくて他の方法で調理された餅だと思っていろいろ想像してみた。
まずは「あんころ餅」………空から黒い物体が降ってくるのはどうかと思う。
次に「きなこ餅」………空気中にきなこが舞ってまるで砂漠の砂嵐みたいだと思う。
その次は「いわゆるつきたてのお餅」………これは空から鳥もちが降ってくるのと同じだと思う。
それがダメなら「ゆべし餅」………これはまだましだけど醤油くさいのもどうかと思う。やっぱり素敵ではない。
「うむむむむ………」
俺は考え込んでしまった。そしてその横には俺の答えをまっているかのように天野がこっちを見つめている。
さらにその横ではあいかわらず真琴がおいしそうに肉まんをほおばっている。
そのとき俺の脳裏に一つのこれぞ正月という餅が思い浮かんだ。
それは「鏡餅」だった!!
俺はすぐさま鏡餅が空から降る風景を思い浮かべた。
空から降る大小さまざまな鏡餅………
そしてそれが頭にぶつかり次々と倒れて行く人々………
とりあえず俺の頭はある種の地獄絵図、もしくはギャグ漫画のようなシーンが思いついた。
「なあ天野、やっぱり餅が空から降ってきても素敵じゃないと思うぞ」
さまざまなシミュレーションの結果でた結論を天野に言った。
「そうでしょうか?」
天野はそう答えた。表情はいつものようにあまり変わらないが、良く見るとすこし俺の答えが不満なようだった。
そして次にセリフはこうだった。
「じゃあ、祐一さんはなにが降ってきたら素敵だと思いますか?」
その問いに俺はすこし考えてからこう答えた。
「正月だし空からお年玉としてお金でも降ってきたらいいんじゃないか」
天野はそれを聞いて少しあきれたように、けれど少し微笑んだように、
「あいかわらず現実主義ですね」
と言った。
「そーか?でも空から餅が降るよりお金が振ってきた方がみんな喜ぶと思うぜ」
「いえ、そんなことないと思いますよ。真琴はどう思う?」
「あう?」
急に話しを振られて真琴は少し驚いたようにこちらを見た。手にはまだ食べかけの肉まんがある。
いったいこれで幾つ目の肉まんだろうか?
「真琴は空からなにが降ってきたら素敵だと思う?」
そんな真琴に天野は再び問いかけた。
「あう〜〜〜」
真琴は少し考えたよう……だったがすぐに結論が出たらしく元気よくこう答えた。
「肉まん♪」
やっぱりそれかい………俺は心の中でつっこんだ。
「ほらね」
と、天野。
「なにが『ほらね』なんだ?」
俺は思わず聞き返していた。そうすると天野はすんなりとこう答えた。
「空から肉まんが降ったら素敵じゃないですか」
「うん、素敵、素敵♪」
横で真琴が楽しそうに相槌をうった。天野に素敵と言われてうれしかったのだろう。
「やっぱり真琴も祐一さんとちがってロマンチックですね」
「うん、真琴はロマンチック!!肉まんのよさがわからないなんて祐一はやっぱりダメね」
二人ともなぜか勝ち誇っていた。俺はなんだかくやしくなって二人に叫んだ。
「なんでお前らの基準は食べ物なんだ!?食べ物ならなんでも素敵なのか?」
しかし二人は何気にまるで当たり前というかのように答えた。
「素敵だと思いますよ」
「それにとってもおいしいじゃないのよぉ!」
「うぐぅ………」
俺はおもわず、あゆの口癖を発していた。この二人には何を言ってもムダなのか?
と思ったところで俺一つのことを思いつき二人に言った。
「それなら空から『秋子さんのお気に入りのジャム』が降ってきても素敵か?」
「……………」
「……………」
二人の言葉がつまる。そして互いに顔を見合わせていた。
天野はなにやら必死に考えている。
真琴はなぜだか泣き出しそうになっている。
しばらくして二人は観念したかのようにこう言った。
「ごめんなさい、祐一さん」
「あうーーーーーーーーー」
天野はなぜか謝り、真琴は泣いてしまっていた。
どうやら俺が勝ったようだった。なにに勝ったのかはよくわからないが…
そうこうしているうちに俺たちは水瀬家に戻ってきていた。
天野たちに勝った俺は意気揚揚と玄関に入ろうとしたが、そのとき、
「あっ、祐一さんあぶないですよ」
「あうーーーーー!!」
「へっ?」
思わず頭上を見上げると、なにやら振ってきたと思ったら………
ベチャ!!
それは見事に俺に命中していた。そして上の方から聞きなれた声が聞こえてきた。
「あら、祐一さんごめんなさい、つい手がすべっちゃって」
秋子さんの声だった。ちなみに俺の全身に付着しているのは例のジャムだった。
この絶妙のタイミングはなに?そしてこのみごとなコントロールは?
そもそもどうしてジャムをもってベランダに?ひょっとしてこれはジャムの呪い?
そんなことを考えながら、俺はそのジャムの中で気を失っていったのだった………
お終い♪