『美汐 Another Story』

〜プロローグ〜

 ものみの丘・・・そこには不思議な獣が住んでるという。それは遠い昔から妖孤と呼ばれ、姿は狐のそれと一緒であると言う。そして、その獣は人々から厄災の象徴と言われ忌み嫌われてきた。
 しかし、それは事実において現実のみを見、現実において真実を見ようとしない人々の言い伝えであった。

そして真実は・・・・・・・

前編

 ものみの丘、ここは私のお気に入りだった。それはここに来ればあの子に逢えるから・・・・
「おいでーー、いるんでしょーーー」
 私は夕暮れのものみの丘で虚空に向かってあるものを呼んだ。
 しばらくすると、叢の間からガサッという物音がした。そして、右耳の上の毛がちょっとだけ白い小さい一匹の茶色い狐が私の足元に寄ってきた。「あはは、美孤(みこ)は今日も元気だね。ちょっと待っててネ、今日もお弁当のおかず持ってきたから」
 私の言葉がわかるのか、美孤はクゥと鳴き私の足元でちょこんと座っていた。
「はい、お食べ♪」
 私はしゃがんでおかずを掌にのせ、美狐の前に差し出してあげた。するとこちらを向き、もう一度クゥと鳴き少しづつ食べ出した。
「私ね、昨日もお母さんに怒られちゃった。美汐はもう中学生なったんだから勉強をしなさい。って・・・わかってるんだ、ちゃんと考えてるんだ私なりに・・・・でもね、お母さんが言うとおりに周りと同じ事をするのが正しいなんて私は思えないんだ・・・・・う〜ん、美孤にはわかんないかな?」
 私はおかずを食べてる美孤に向かって何気なく言ってみた。
 美孤は食べるのやめて顔を上げてクゥと鳴くと、また食べだした。
「わかんないよね。あぁ〜美孤が人間だったらな〜」

・・・・・・私の純粋な望みだった・・・・・・

「ただいま」
 私は暗くなる前に、ものみの丘から家に帰った。
「お帰りなさい、美汐」
「ねぇ」
「美汐、やっぱり塾には行かないの?」
 夕飯の準備をしていた母は私の言葉を遮り、突然質問を投げかけてきた。
「うん」
 私は理由は伏せて、意思だけを母に告げることにした。もし理由を言っても納得してもらえないような気がしたからだ。
「周りの友達は行くんじゃないの?」
「そうだけど・・・・でも私ちゃんと勉強できてるよ」
 私は、少し母にいい訳じみたものをしてみた。
「どうせ最初だけでしょ、それにみんなと一緒に塾に行かないと友達もいなくなるわよ」
「いいもん、そんな事で居なくなる友達ならいらない」
「またこの子は・・・・・」
 母は呆れたのか、怒りすぎて何も言えないのか、それ以上追求はしてこなかった。
「お母さん、私、今日はおばあちゃんに泊まり行って来る」

・・・・・・だけど・・・・・・

 私にはおばあちゃんが居る。もう100歳を越えていて、もう表現的には生き字引と言っても差しつかえがないくらいのおばあちゃんです。
「最近新しい友達ができたんだー」
 私がそう言うと、おばあちゃんはコタツの中で優しく笑って、
「そうかい、どんな子だい」
「う〜ん、ものみの丘に住んでいる狐なの」
 私がそう言うと、おばあちゃんは一瞬だけ険しい顔をした感じがした。
「そうかい、よかったね・・・もしその孤のことで私に聞きたいことがあったらばあちゃんの所においで、ばあちゃんはいろんな事を知ってるからね」
「うん」
 私はこの時、おばあちゃんが何を言いたいのかわからなかった。

・・・・・・それがあの孤にとって・・・・・・

 翌日も、私はいつもの時間に弁当の残りを持ってものみのの丘に行った。
「美孤ーー、おいでーーー」
 私はいつものようにものみの丘で美孤のことを呼んでみた。
 すると今日はいつもと違い、すぐに姿を現さなかった。
「あれ〜、いないのかな〜?」
 そしてしばらくして近くの茂みでガサッと言う音が聞こえてきた。
「あっ、美孤?」
 私は音がしたほうに、振り返って見るとそこには、一人のセミロングの女の子が立っていた。
 その女の子は普通の子と違い前髪の一房ほど白髪であった。
「あっ、どうも・・・・」
 私はなんとなく、その子に頭を下げてみた。その時、私の頭で何かが引っかかった。
「あのあなた、名前はなんて言うの? 良かったら教えてくれないかな」
「美孤・・・・・」
 その子はポツリと私に向かって呟いた。

・・・・・・それが美孤にとっての・・・・・・

「おばあちゃん、おばあちゃん」
 私は美孤をつれて走っておばあちゃんの家に入っていった。
「どうしたんだい、そんなに騒いで・・・・・?」
 おばあちゃんはいつものようにコタツの中のようだ。
「美孤が、美孤が人間になっちゃったよ」
 私の言葉を聞いて、おばあちゃんはいつものコタツから出て美孤の方へ歩いて行った。
 美孤はそれを見て何を考えているのかわからなかったけど、怯えている様子は無かった。
「この子が、その狐だったのかい?」
 私に向かって、おばちゃんは聞いてきた。
「うん、その前髪の白いのが特徴だったし、それにその子、自分で美孤って言ったもん」
 おばあちゃんは、美孤の方に向きなおり、
「お名前は?」
と聞いた。
「美孤」
「記憶はあるのかい?」
「少しだけ」
「こうする事で自分がどうなるのか、お前はわかっているのかい?」
「なんとなく」
「それじゃぁなんで?」
「この姿で美汐の前にいてあげるのが、美汐の願いだから・・・」
「あいかわらず、お前達はやさしいねぇ」
 おばあちゃんは嘆息していた。私はおばあちゃんと美孤の会話は何一つ理解できなかった。なんとなくわかったのは、おばあちゃんと美孤の会話が噛み合っていた事ぐらいだった。

・ ・・・・・幸せになりえたのだろうか・・・・・・