もう、ずっと昔の事のような気がする
その子はある日突然私の前に憎しみをもって現れた
その子と私は自然に共にすごす時間が増えて行った
その子は私の側を離れないようになった
そして、
その子は私の目の前から消えてしまった
私に大きくて辛い悲しみという災禍を残して・・・・

その日以来、私は変ってしまった
変ってしまったと言うのは間違い、自分から変る事を望んだから
辛い別れをしたくないから
だから私は他の人との繋がりを捨てた
もう二度と悲しまなくてもすむから・・・



       それはどこにでもある昔話
       ものみの丘と呼ばれる所には不思議な獣がすんでいる
       古くから妖狐と呼ばれ、年を経た狐がそのような物の怪になるという   
       それが姿を現した村はことごとく災禍に見舞われるという
        
       現在に至るまでそう言い伝えられてきた・・・
       ただそれだけの、どこにでもある昔話・・・
       でも、本当のあの子達は・・・
       
   天野美汐SS
       「the fox and the grapes」〜1〜
              




  1月19日
  
何も変らない日常だと思っていた
私はいつも通り授業が終わると荷物を鞄の中に入れ席を立つ
クラスの同級生達は帰りに遊んで行く相談をしている
だけど私に話しかけてくる人は誰もいない
それは私が望んだ事、だから別にかまわない
そう、今まで通りの日常・・・
私は誰かに声をかけることもなく教室からでて廊下を歩く

その時、私の中の時間が止まったような気がした

窓の外、校門に立つ一人の女の子に目が止まる
その女の子にあの子の面影が自然と重なる
なぜ・・・・
あのころの、忘れていたはずの、忘れようとしていた記憶が蘇る
胸が締めつけられる・・・・苦しい・・・・
そう・・・私にはあの子が誰なのか・・・一目ではっきりとわかったから・・・

どれくらい窓の外を見ていたのだろう
不意に私を見つめる視線に気がついた。その人も窓の外を見ていたらしい
「あなたの・・・お知り合い・・・でしょうか」
私は気がつけばその上級生らしい人に声をかけていた
なぜだろう・・・自分から声をかける必要なんてないのに・・・
「誰が?」
「あの・・・校門で待っている子です」
私はそう答える。この人に関わることはまたあの悲しみを繰り返す事になる・・・
「ああ、そうだよ。知り合いだ」
「・・・あれは、あなたを待っているのでしょうか」
私は少し間を空けてそう尋ねる。それでも私は関わろうとしているんだろうか・・・
「だろうね。他にこの学校に知り合いはいないはずだし」
「そう・・・」
また、あの子の記憶が蘇る・・・あの子の笑顔が蘇る・・・
「・・・いい子そうですね」
そう、あの子達はいい子だから・・・私は無意識のうちに微笑んでいるのがわかった
最後に笑ったのはいつだろうか・・・
「ああ、いい子だよ。不器用だけどな」
その人は笑顔で答えた。とてもうれしそうな、心からの笑顔だった
この人もわかっているんだ・・・
「・・・・」
私はそれを見て何も声をかけずにその場を立ち去った。
そう、あの子達は本当にいい子だから。いい子だから・・・


昇降口を抜け、校門へとまっすぐに歩いていく。そこには窓から見た一人の女の子が立っている
私は足を止めその女の子に視線を向けた。また胸が締めつけられる・・・
・・・・間違い無い・・・・
その女の子を目の前にして私は確信した
女の子は私の視線に気がついたのだろうか、こちらを見ながら不安そうにしている
私は女の子に少し微笑んで、何も言わずにその横を通りすぎた
そう、あの子達は本当にいい子だから。いい子だから私が今願う事はただ一つ・・・


これ以上関わりあいになりたくない



  1月20日

今日は少し体調が良くない。昨日の夜はあまり眠れなかった
やはり昨日の事が原因・・・。あの校門で待っていた女の子の事が・・・
午前中の授業が少しだけ今日は億劫だった
手短に昼ご飯を済ませて私は席を立つ。教室には私の居場所はないから
教室を出てあてもなく廊下を歩く。その時ふいに私を呼びとめる声があった
「よぅ」
この学校で私に声をかける人の存在を私は知らない
振りかえるべきがほんの一瞬の間迷った
「・・・はい」
無意識に警戒しながら振りかえる・・・・
「あ・・・」
そこには昨日の男の人の姿があった。あの女の子の知り合いだという男の人の
私は正直ほっとした。何か私に用があるのだろうか
「どうしました?」
「ああ。ちょっと話をする時間あるかな、と思って」
「今・・・ですか?」
どうやら私に何か用があるみたいだ
「ああ。今がいい。昼飯は?」
「戴きました」
「早いんだな・・・」
「小食ですから」
私たちは何気無い普通の会話を繰り返す
「じゃあええと・・・。どこか・・・そうだな、学食で話さない?俺昼飯まだだし」
「・・・・。いえ、人が多いところはちょっと」
私は人の多いところは好きじゃない。それだけ人との繋がりを持ってしまうから
だから私は正直に答えた
「そうか・・・なら・・・」
少しわがままだと思ったろうか?でもこの人はわかってくれたようだ。だから私から提案する
「中庭・・・でどうですか。お昼ご飯、ゆっくり食べて頂いて結構ですので」
中庭ならこの時期に人が来る事はまずない。私はそう思って提案した
「中庭・・・?寒いだろ?」
「私は構いませんけど」
「そうか。なら俺も構わない」
「はい。そうしましょう」
あの女の子がやってくる理由が良くわかる。やはりこの人はいい人なんだ
ほんの少し会話をしただけなのにそれが十分に感じられる
だからこそ、この先に待つ悲しみをこの人が知らないことは・・・
「じゃ、急いでパンでも買ってくるよ。だからゆっくり行っててくれ」
「はい。そんなに急がなくても結構ですよ」

一度、あの人と別れた後私は中庭に来た。予想通り冬の中庭に好き好んでくる人はいない
その事にほっとしながら石段の縁に座りあの人を待つ
話の内容は予想がついた。きっとあの女の子に関することだろう
昨日話しかけた事を少し後悔した。これ以上関わりあいになるのは・・・
でも、あの人は何も知らない。これから先に待つ大きな悲しみを・・・
私は・・・どうするべきなんだろうか・・・

そうしているうちに中庭の扉が開いた、あの人がやって来たようだ
「こっちですよ」
私は手を振って呼びかけた。それに気がついたてあの人はこちらへやってくる
「寒いけど、ほんとにここでいいの?」
「はい」
ここなら誰もくることがない。その事の方が私にとって大事な事・・・
わかってくれたらしくそのまま石段の縁に座る
「とりあえず、名前を教えてもらえると呼びやすいんだけど」
自己紹介していない事はわかっていた。ただその必要も感じてはいなかった
「はい。天野です。天野美汐」
「俺は相沢祐一」
「はい」
「相沢、とでも祐一とでも好きに呼んでくれればいいよ」
「はい。では相沢さん、で」
お互いに自己紹介を済ませた後、相沢さんは購買で買ってきた手巻き寿司を手に持ちながら何かを考えている
多分、どうやってあの子の話を切りだそうか考えているのだろう
今の私達に共通の話題はそれしかない。だけど私からその事を話すつもりは私にはない・・・
「俺、最近転校してきたんだよ、この学校に」
「そうなんですか」
「そう、まだ二週間くらいかな、この町に来てから」
相沢さんは一度引っ越していたんだ
「ずいぶんと変ってますでしょう、そうすると」
「あれ?昔こっちに住んでいたって事話したっけ?」
「いえ」
そう、その事は話してはいない。けれど私にはわかる・・・
「だったらどうしてわかったんだ?俺が昔、この町に住んでいたって」
当然の疑問だろう。普通ならまずわかるはずがない。昨日知り合ったばかりの人の過去なんて
でも私にはわかる・・・はっきりとわかる・・・
「相沢さんがあの子の知り合いだとおっしゃいましたから、そう思っただけです」
そう、あの子と知り合いだから・・・だから昔ここに住んでいた事に間違いはない・・・
「え?あいつと知り合いだと、どうしてここに住んでいたって事になるんだ?」
やはり相沢さんは何もしらないんだ・・・でなければこんな事を言うはずがない
でも何もしらないのも当然だろう・・・わかるはずもない・・・
「転校してきてから知り合った可能性もあるし、実際そうだし」
「そうですか」
私はそう曖昧に答えた。私には話す必要はない・・・きっとない・・・

「だからさ、まだ友達とかもいなくてさ」
私の返事の曖昧さにあまり納得をしていない様子だったが相沢さんはその事よりも話を薦めることを選んだ
「はい」
「こんなふうに気軽にはなせるやつもそういないんだよな」
「はい」
相沢さんは何が言いたいのだろうか。私に何を期待しているのだろう・・・
「天野は友達たくさんいるんだろうな」
「いえ、いないです」
私は正直に答えた。別に隠すような事でもない。その必要もない・・・
「そんなことはないだろう。もう一年生も終わろうとしているのにさ」
「いえ、本当にいないんです」
私には友達はいらない・・・。辛い別れはもう・・・したくない・・・
でも・・・なぜこのような話をするのだろう・・・
「それは意外だな。気難しく見られるのかな?話せば、こんなに穏やかに話せるのにな」
言いすぎたと思ったのだろうか?相沢さんはフォローを入れるつもりでこんな話しをしたのだろう
やっぱりこの人はやさしい人だ。私は改めてその事を感じる
「私が悪いんだからいいんですよ」
そう、悪いのは私なのだから・・・私が望んでそうしているのだから・・・
「積極性が足りないのか?」
「ええ、知らない人は苦手です」
「そりゃ誰だって始めはしらない人同士なんだからさ、話してみなくちゃ」
「そうですね」
確かにその通りなんだと私も思う・・・でも本当の理由はそうじゃない・・・
「俺だって昨日の放課後に話すまで知らない人のはずだったよな?それとも昔に会ったことがあったっけ?」
「いえ、ないですよ。昨日まで知らない人でした」
「じゃあやればできるってことじゃないか」
「いえ。それは・・・相沢さんがあの子と知り合いだとおっしゃったからです。だから安心できました」
相沢さんは不思議そうな顔をしている。無理もない。あの子と知り合いだから・・・これでは普通は理由にならないだろう
でも、それだけで私には十分な理由になる。安心できる理由になる。この人はいい人だと
あの子がやってきたのだから・・・

「それで、話は真琴・・・その女の子のことなんだけど」
やっぱり・・・私はそう思った。相沢さんは私にどうしろというのだろう・・・まさか・・・
「あいつ、人見知りが激しいというか、他人に対して心を開かないんだよな。
家にも女の子がいるんだけどさ、一緒に暮らしていたってなかなか親睦が深まらない様子でさ」
相沢さんは私に何を期待しているんだろうか・・・まさか・・・・
「友達が一向にできないんだよな」
まさか・・・・まさか・・・私の一番望んではいない事を・・・
「そこで・・・・」

「私にあの子の友達になれというのですか」

強くはっきりとした口調で私は尋ねる
相沢さんは私にあの子の友達になれというの・・・私にあの子の友達に?
最も恐れていたことをまた経験しろというの?私にまたあんな思いをしろというの?
私にまた辛い別れをしろというの・・・

「・・・・・そんな酷なことはないでしょう」

相沢さんは何もしらない・・・それはわかっている。でもあの子と友達にはなれない
それは今一番私の望んではいないこと・・・
もうしたくない、あんな経験は・・・・あんな思いは・・・・
あんなに辛くて悲しい別れだけは・・・
だからはっきりと私は答える・・・

「私はあの子とは友達になりません」

「天野、きみは・・・。やっぱりあいつのことを知っているんじゃないのか?」
「知りません。それは嘘ではないです」
当然の疑問だろう・・・こんないい方をされては誰だってそう思う・・・でも私は嘘は言っていない。ただ・・・
「じゃあどうしてそんなものの言い方をするんだよ。さっきから何か確信しているみたいに・・・」
「はい。確信しています」
そう。確信している・・・・。あの真琴という女の子は間違いない・・・
昔私が出会って、そして別れたあの子と同じ・・・。だから・・・
「なにを」
「出会っているはずです。あの子と相沢さんは。ずっと昔に」
そう、ずっと昔に出会っている・・・ほんのささいな出会い・・・
「でも相沢さんの記憶にはない。そうですね?」
「ああ・・・」
「当然です。だってそのときのあの子は」
そう、記憶にあるはずなんてない。普通ならわかるはずもない。
信じられるはずもない。その時のあの子は・・・
「待てっ」
不意に相沢さんが私の話を静止する。
「はい」
「それ以上は言わないでくれ・・・」
「わかりました」
・・・・私はそれ以上多くを話すことは止めた。きっと私の話に何かを感じたのだろう・・・
本人が望んでいないのならそれ以上多くを語る必要は私にはない・・・
いや、始めから話す必要なんてなかったのかもしれない。話さなくてももうすぐ何かもわかる・・・
約束された別れはかならずもうすぐ訪れる・・・
私は動揺している相沢さんを置いて立ちあがり、教室へと戻る


私はその別れの場にはいたくない
だから・・・あの子とは友達にならない

                                To Be Continued



〜筆者後書き〜
どうもみなさんこのたびは私のつたないSS「the fox and the grapes」を読んでくださってありがとうございます
どうしようか迷ったのですが一応4部構成と言う事にしました。残りの3部はまだこれから・・・
がんばらないといけないんですねぇ

読んで戴いてわかったと思いますが、このSSのテーマは「美汐シナリオ」(笑)
本編「kanon」のストーリーを美汐から見たストーリーになっています。
むぅ・・・感情表現とかあまり得意ではないのでその辺の所は多めに見てもらいたいものです・・・
そこが一番大事では?ってツッコミは勘弁ね(笑)

いろいろとこのSSを書くに際して思うところがありますが
それはこのSSが完成した時に話す事として今回はこの辺にしたいと思います。
それでは第2部が完成することを祈りつつ(苦笑)さようなら