−−第一幕『出会い』−−
赤…
街の全てが赤く彩られる夕暮れどき…
その日、秋子さんはいつもと同じように夕飯の買い物に商店街に来ていました。
「今日は何にしようかしら?豚足だと祐一さん気を悪くするかしら?」
秋子さんはそんなことを考えながらスーパーに向かって歩いていました。
そのとき、後ろの方から何やら声が聞こえてきました。
「そこの人!!」
その声に反応して秋子さんは咄嗟に後ろを振り向きました。
そしてそこには、こっちに向かって猛スピードで走ってくる少女の姿がありました。
「どいて、どいてーーーー!!」
そう叫びながら少女は走ってきます。少女はもう、秋子さんの目の前まで迫っていました。
普通の人ならもうかわしきれずにその少女とぶつかってしまうところですが、そこはさすがに秋子さんです。
最小限のそして最速の動きでみごとにその少女をかわしたのです。
そしてその少女はそのまま商店街の奥へと走り去って………と思ったらその少女は突然立ち止まりました。
「あら、どうしたのかしら?」
秋子さんが突然立ち止まった少女を不思議そうにみていると、その少女は後ろを振り返り、また秋子さんめがけて走ってきました。
「そこの人!!どいて、どいてーーーー!!」
セリフも同じにこちらに走ってくる少女のタックル(?)を秋子さんはこれまたみごとにかわしました。
そして秋子さんにタックル(?)をかわされた少女はそのまま商店街の奥へ………と思ったらまたまた降り返って秋子さんめがけて走ってきました。
「そこの人!!どいて、どいてーーーー!!」
サッ!!(秋子さん、かわす)
「どいて、どいてーーーー!!」
ヒョイ!!(秋子さん、またまたかわす)
「どいてーーーー!!!!」
ヒラリ♪(秋子さん、これまた余裕でかわす)
そんなやり取りが何十往復と繰り返されました。回りにはギャラリーの群れが出来たりするほどでした。
そして84回目のタックル(?)がかわされたとき、とうとう少女は倒れこんでしまいました。
「うぐぅ〜、なんでぶつかってくれないの〜」
少女はゼイゼイと肩で息をしながらそんなことをつぶやきました。
そして数分の休憩の後、少女はヨロヨロと立ちあがり、秋子さんにお願いしました。
「うぐぅ、お願いだからぶつかってください。そうしないとお話が進まないんだよ〜」
そこまで健気にぶつかってこようとする少女に対して秋子さんは警戒体制を解除しました。
「思いっきりぶつかってきなさい」
その秋子さんの言葉に少女は感動を覚え、まだふらつく足でまた秋子さんに向かって走りだしたのです。
一歩一歩、そのスピードは走っているというより歩いている速度に近かったけど確実に秋子さんに近づいていました。
周囲のギャラリーからは「がんばれー」とか「あと少しだぞ」とか声援まで飛んでいます。
そしてその少女はとうとう秋子さんの目の前に到着しました。
『ドン!!』
最後はぶつかるというより倒れこむ感じでしたが、とうとう秋子さんとの接触に成功したのです。
その瞬間、周囲からは盛大な拍手が湧き上がりました。
「うぐぅ〜、どいてって言ったのに〜」
拍手がまだ鳴り止まない中、その少女はセリフを続けました。
「あら、ごめんなさい。突然だったからよけられなかったのよ。でも何をそんなに急いでいたんですか?」
秋子さんがそのセリフにこたえました。
「それは………」
少女は後ろを振り向きました。もちろん後ろにいたのはこの状況を見ているギャラリーの人達です。
けど、その少女は突然秋子さんの手をつかむと「逃げるよ」と言って突然走りだしました。
「えっ?」
さすがの秋子さんも少しビックリしたみたいでした。
そしてそのまま、その少女に引っ張られるように走りだした……と思ったらその少女はフラフラと倒れこんでしまいました。
どうやらまだ体力が回復していないようです。
「うぐぅ〜、追われているんだよ〜」
座り込みながら少女はそんなことをつぶやいてました。もちろん後ろを見ても追ってくる人はいません。
どうやら少女と秋子さんとの何十往復ものやりとりの間に帰ってしまったみたいです。
それでも少女はまだ追われているものと思い必死で逃げようと地面をはいずっています。
「ほら、私の背中におぶさってください」
見かねた秋子さんは少女をおんぶしてあげました。
そしてそのまま少女をおぶった秋子さんは商店街から走り去っていきました。
−−第二幕『空腹』−−
「ここまでくれば大丈夫だね」
秋子さんにおぶられている少女が言いました。
「そうね、それじゃあこの辺で少し休憩しましょうか?」
そう言うと秋子さんはおぶっていた少女をおろしました。
「うぐぅ…助かったよ………」
少女はちょっと恥ずかしそうにここまでおぶってくれた秋子さんにお礼を言いました。
「ところで誰に追われていたの?」
「うぐぅ…」
秋子さんの質問に少女は言葉を詰まらせました。
でも秋子さんの無言の圧力に負けたのか少女は理由を話しはじめました。
「実は………お腹がすいていたんだよ…」
「あら、そうなの」
「そうしたら、タイヤキ屋さんを見つけたんだよ」
「それでタイヤキを買って食べたのね」
「ううん………タイヤキを買おうとしたら急に店のおじさんがぼくのことを追いかけてきたんだよ」
「あら、どうして?」
「それは多分ぼくがその店の食い逃げの常習犯だからだと思うんだ」
「あら、それは大変だったわね。じゃあ、まだお腹空いてるのよね」
「うん、ペコペコだよ」
「それじゃあ、私の家で夕食を食べて行きませんか?」
「えっ、いいの?」
「了承!!」
「わーい、とっても嬉しいよ!!ありがとう………え〜と、そういえばまだ名前を聞いてなかったね。ボクの名前はあゆ。月宮あゆって言うんだ」
「あゆちゃん?」
秋子さんはその名前に聞き覚えがあるのか、少し考えこんでしまいました。
「うぐぅ、ボクの名前、何か変かなぁ?」
あゆの心配そうな声に秋子さんはようやく我に戻りました。
「えっ、ううん、なんでもないのよ。あゆちゃん、良い名前ね。私は水瀬秋子って言うのよ。よろしくね、あゆちゃん」
「うん、こっちこそよろしくね、秋子さん♪」
−−第三幕『おでん』−−
「ただいまー」
「おじゃまします」
秋子さんとあゆが水瀬家に帰ってくるとリビングには秋子さんの娘の名雪と居候の祐一がいました。
名雪は秋子さんと一緒にいたあゆの姿を見るとじっーと見るとポツリとつぶやきました。
「大きなおでんダネ…」
それを聞いたあゆはビックリしたように叫びました。
「うぐぅ〜、ひょっとしてぼく、食べられちゃうの?」
「んなわけあるか!!」
おろおろするあゆに祐一がツッコミをいれました。
「あっ、祐一君♪」
祐一の姿に気がついたあゆが喜びの声をあげました。
祐一のほうはとりあえずあゆを無視して秋子さんに話しかけました。
「すみません秋子さん。名雪のやつ今寝ぼけているんですよ」
「うぐぅ〜、祐一君が無視する〜!!」
その祐一の言葉を聞いて秋子さんが名雪の方を見ると確かに目が糸目状態になってました。
名雪は確実に眠っていました。どうやら名雪は眠りながら会話をしていたみたいです。
「ほらっ、名雪、部屋に戻って寝ていろ」
「だお〜〜〜」
祐一に退場を命じられて、名雪は謎の返事を残しつつ部屋から出て行きました。
そして次に名雪と入れ替わり状態で、水瀬家もう一人の居候の真琴が入ってきました。
真琴は部屋にいるあゆの姿に気がつくとトコトコと近づいていきまいした。
そしてあゆの目の前まで行くと、
パクッ!!
突然、あゆの手を噛みついたのでした。
「うぐぅ〜〜〜〜〜!!」
あゆが悲痛の声をあげます。どうやら、あゆは悲鳴も『うぐぅ』のようです。
「こらっ!!真琴、何やってるんだ!!」
祐一が真琴をあゆからひっぺがえします。
「あう〜、おでんダネ〜」
どうやら真琴も名雪と同じく、あゆのことをおでんダネと勘違いしたようでした。
必死に祐一の手を振り解いて、あゆに噛みつこうとしています。
「あ、秋子さん、なんとかしてくださいよ〜」
真琴を羽交い締めにしながら祐一が叫びました。
秋子さんはその祐一の叫びを聞きようやく重い腰をあげて真琴に近づき耳元でささやきました。
「真琴、おでんはダシで煮こんでから食べるものよ」
「あう?」
秋子さんの忠告を聞いた真琴はとりあえず噛みつくことを止めて、あゆを改めて観察しました。
そしてしばらくして『あう〜〜〜』と言いながら部屋から出て行きました。
どうやらまだ煮こんでいないことに気がついたみたいです。
「それじゃあ、私は夕食の準備をしてきますね。祐一さん、後はよろしくお願いしますね」
そう言いながら秋子さんも部屋を出て行きました。
部屋に残っているのはあゆと祐一だけ。あゆは不安そうに祐一に尋ねました。
「祐一君、ぼくやっぱり秋子さんたちに食べられちゃうのかな?」
「だからさっきも言ったけど、そんなわけあるはずないだろう」
「でも、ぼくさっき噛みつかれたよ」
「そりゃあ、真琴だからな」
「うぐぅ〜、意味がわからないよ〜」
「それはそうと、何であゆが秋子さんと一緒だったんだ?」
「うん、それはぼくが走っていたら秋子さんに偶然ぶつかっちゃんだよ」
「お前、ひょっとしてまた食い逃げしたのかよ………」
祐一の脳裏には過去に幾度となくあゆの食い逃げに付き合わされて一緒に逃亡した記憶が浮かびました。
タイヤキをかかえて走るあゆとに不運にも祐一はぶつかってしまったのです。
そしてそれは祐一とあゆがこの街で再開したときの記憶でもありました。
「うぐぅ、ぼく食い逃げなんかしてないよ〜!!」
祐一の『食い逃げ説』をあゆは否定しました。
「食い逃げする前に追われたんだよ〜〜〜!!」
「『する前に』ってことは結局しようとしていたんだろ〜!!」
祐一のツッコミ!!
「うぐぅ〜、祐一君がいじめるよ〜」
いじける、あゆ!!
そんな会話をしていると先ほど部屋から出ていったはずの真琴が戻ってきました。
「どうした、何かようか?」
祐一が真琴に尋ねると、真琴は遠慮がちに言いました。
「あのぉ、お風呂が沸いたんだけど晩御飯の前に一汗流したらどうかな……じゃなくて、どうでしょうか?」
「えっ、ボク?」
「あう!!(コクン)」
どうやら真琴はあゆにお風呂をすすめにきたようでした。
普段の人見知りの激しい真琴なら絶対にとらない行動です。しかも敬語まで使って。
けれど今日初めて真琴とあったあゆにはそんな真琴の態度が不自然とは気がつくはずもありません。
「わーい、お風呂だ、お風呂〜♪」
あゆは上機嫌でお風呂場へと行っていました。
「真琴、お前何をたくらんでいるんだ?」
あゆが部屋を出ていったあと、祐一は真琴を問い詰めました。
「あう〜、真琴は何もたくらんでないわよぅ!!」
真琴は容疑を否認しました。けどもちろんそれで引き下がる祐一ではありません。
「嘘つくんなら、もう漫画読んでやらないぞ」
今度は脅しをかけることにしました。
この真琴という少女は祐一に漫画を朗読してもらうのを日課にしていました。
真琴は『あう〜』と困ってしまいました。そしてゆっくりと自供をはじめました。
「あう〜、真琴は本当に何もしてないの……ただ……」
「ただ?」
「なゆなゆに頼まれたの………」
「何っ!!」
祐一は驚きました。名雪に頼まれた、ということより真琴が名雪のことを『なゆなゆ』とよんだことに驚きました!!
「真琴がなゆなゆ………真琴がなゆなゆ………」
祐一が延々とそんなことを考えていると、突然風呂場の方から悲鳴が聞こえてきました。
「うぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
………多分、悲鳴だと思います。そんなとりあえず悲鳴と思われる声を聞いた祐一と真琴は、いそいで風呂場へ向かいました。
「あゆ、大丈夫か!!」
祐一が風呂場のドアをあけると、オケが飛んできました。
バキッ!!
そのオケはみごとに祐一の顔面を直撃しました。
「うぐぅ、祐一君のエッチ!!」
そんな声を聞きながら、祐一の意識は遠くなって行きました。
「・・・・・んっ!!」
けど、あまり気を失うと時間のロスだとわかっている祐一はみごとに10秒後には意識を取り戻しました。
「いきなり何をするんだよ、あゆ!!」
「うぐぅ、だって祐一君がお風呂覗こうとしたから………」
「あのなぁ、俺はお前の悲鳴が聞こえたからここにきたんだぞ!!」
「悲鳴?」
「ああ、さっき『うぐぅ〜』って叫んでただろう?」
「……………あっ、あれか!!そういえば、叫んだよ」
「そう、それだよ。ところで何があったんだよ?」
祐一は今までの出来事で疲れたのか、ツッコミもいれずに会話を続けました。
「祐一君、実はお風呂に入ろうとしたら、なんだかお風呂のお湯が茶色くていい匂いがするんだよ」
「どれどれ?」
祐一が浴槽を覗きこむと確かに茶色く、そしていい匂いがしました。
そこで祐一はちょっと舐めてみました。
「………おでんのダシだ」
それが祐一の結論でした。
「真琴、またお前がこんなことをしたのか!!」
「あう〜、だから真琴じゃないって、さっきから言ってるじゃない!!」
「そうか、そういえば真琴は名雪に頼まれてあゆを風呂に誘った………ってことは名雪の仕業か!?」
「だお〜〜〜☆」
「えっ!!」
一同が後ろを振り向くと、そこには名雪の姿がありました。
しかも顔を見るとまだ糸目状態なので、まだ寝ぼけているみたいです。
「名雪、お前が風呂をこんなにしたのか?」
「だって、おでんダネはじっくり煮こまないといけないよ」
祐一の問いに対して答えじゃない答えを返すと、名雪はあゆの方へと近づいていきました。
「ちゃんと煮こまないといけないよ〜」
どうやら名雪(寝ぼけモード)は、どうしてもあゆを煮こまないと気がすまないみたいです。
「うぐぅ〜、祐一君、助けてよ〜」
あゆが恐怖に震えながら祐一に救いを求めました。
「しょうがねえなぁ」
祐一もこれ以上名雪が暴走すると厄介なので、あゆを助けることにしました。
「名雪、おとなしく部屋に戻って寝てたら後でイチゴたくさんやるぞ」
「イチゴ?」
名雪の動きが止まりました。
「イチゴ〜〜〜☆」
そして、そのままゾンビみたいにフラフラと風呂場を出て部屋へと戻っていきました。
やっぱり、名雪にとってイチゴはなによりも優先すべき食べ物だったようです。
とりあえず、これであゆがおでんダネにされる危機はさったみたいです。
「うぐぅ、助かったよ〜」
そしてその後、リビングで秋子さんお手製の夕食をみんなで食べました。
でも名雪だけは寝ていたので夕食に姿はあらわしませんでした。
「ねぇ、祐一君。ボクはどこで寝たらいいのかな?」
夜が更けてそろそろ、オヤスミタイムが近づいてきたとき、あゆがふと尋ねました。
「どこって、名雪の部屋で一緒に寝たらどうなんだ?」
「うぐぅ、だって名雪さんに食べられそうだもん………」
「じゃあ、真琴の部屋は?」
「うぐぅ、同じく食べられそう………」
「じゃあ、俺の部屋は?」
「うぐぅ、別の意味で食べられそう………」
「んなことするか、バカ!!」
「うぐぅ、そんな力いっぱい否定しないでよ………」
「それじゃあ、最後の手段で廊下で寝ろ」
「うぐぅ、祐一君の意地悪………」
「じゃあ、無難なところで秋子さんのところで寝ろ」
「うん、そうするよ」
「なあ、あゆ。もしかして最初から秋子さんの部屋しか選択肢がなかったんじゃないか?」
「うぐぅ、ボクもなんだかそんな気がしたよ………」
そんなやり取りをしているうちに、夜は更けていきました。
−−最終章『謎ジャム』−−
そして、翌日の朝。
「ふあぁぁぁぁぁ!!よく寝たな〜!!」
もうすっかり太陽も昇ったころに祐一は目を覚ましました。
祐一はまだ完全には目覚めていない目をこすりながらリビングへと降りていきました。
祐一がリビングにつくと、そこには名雪とあゆがいました。
二人ともちょうど朝食を食べ始めたみたいで、おいしそうにパンを食べているところでした。
名雪のパンにはいつもどおりイチゴジャムがてんこ盛りになっています。
そして、奥のキッチンでは秋子さんが何かを調理しているみたいです。
真琴の姿は見えないので、どうやらまだ寝ているのでしょう。
「あっ、祐一君、おはよ〜♪」
「ああ…おはよ」
祐一がまだ少し寝ぼけながら返事をすると、今度は名雪が話しかけてきました。
「祐一、おはよう♪朝起きたら、あゆちゃんがいるから驚いちゃったよ」
(本当は昨日からいるんだけどね)
祐一とあゆは二人そろって、心の中でツッコミをいれました。
名雪は昨日寝ぼけていたので、あゆがいたことを覚えていないみたいでした。
「祐一さん、コーヒー入れましょうか?」
祐一が席に座ると、秋子さんが尋ねてきました。
「はい、お願いします」
祐一はそう答えると、再び食卓に視線を戻しました。
あいかわらず、あゆがおいしそうにパンを食べています。
「祐一君、このジャムどれもみんな、とってもおいしいね〜♪」
「そうだろ。なにしろ全部秋子さんの手作りだからな」
「えっ、そうなんだ。こんなおいしいジャムを作れるなんて、秋子さんってやっぱりすごいね」
あゆは改めて感心して、そしてまたいろんなジャムを塗ってパンを食べ始めた。
そこへ今の会話を聞いていたのか、秋子さんが近づいてきました。
「ねぇ、あゆちゃん。実はとっておきのジャムがあるんだけど、あゆちゃん食べてみない?」
その言葉を聞いて、名雪と祐一の動きが止まりました。
二人とも、例のジャムだと察知したみたいです。
「えっ、とっておきのジャム?うん、ボク食べてみたいな」
なにもしらないあゆはとっても上機嫌です。
「なあ、名雪どうするん………」
祐一は名雪の方を見ましたが、そこには誰もいませんでした。
どうやらすでに名雪は、これから悲劇がおきるであろう食卓から逃げ出したみたいです。
「ちっ………」
祐一が舌打ちをしている間に、すでに例のジャムは食卓に運ばれてきました。
「祐一さんもいかがですか?」
「いえ、俺はいいです」
秋子さんのすすめを、祐一は速攻で拒否しておきました。
「わぁ、なんだか変わった色のジャムだね。何のジャムなの?」
あゆは秋子さんの持ってきたジャムを目をキラキラさせて見つめながら尋ねました。
「ふふ、それは食べてみてのお楽しみよ」
(食べても何のジャムか、わからないよ………)
とりあえず祐一は心の中でツッコミを入れておきました。もはや祐一にできるのはこれぐらいしかありません。
「それじゃあ、いただきま〜す☆」
例のジャムをたっぷり塗ったあゆが、大きな口をあけてパンにかぶりつきました。
パクッ!!
次の瞬間、時間が止まりました。正確にいえば、時間が止まったかのように、あゆの動きが止まりました。
そして、永遠に続くと思われた硬直状態から突如あゆは動きだし、祐一の方を向いて一言だけ喋りました。
「ボクのこと、忘れてください」
「だぁーーーー!!!!何、勝手にクライマックス迎えているんだ〜〜〜〜!!!!」
「うぐぅ〜〜〜〜〜」
そして、次の瞬間あゆの姿は消えてしまいました。
こうして、とある街の奇跡の物語はあっけなく終わりを迎えたのでした。
−−完−−